甲斐国一宮浅間神社 ( 山梨県笛吹市)

2017.7 釈迦堂遺跡博物館に寄り牧丘のキャンプ場へ向かう途中、偶然にも参道入り口前を通ったので立ち寄りました。

以前から参拝したかった浅間神社です。

国道20号、甲州街道に建つ大鳥居

境内入り口

随神門

七夕飾りがいいですね。夏越の祓の茅の輪くぐりも^^

境内側から参道方向

樹齢二百数十年。古には鶴の松と対であったと言われています。

拝殿

拝殿は参道と直角。西側にあります。

なんか不思議な写真が撮れました^^

神楽殿と神輿庫

護国社と祓門

十二支参り像

本殿脇

夫婦梅という木があって、一花で二つの実を付ける不思議な梅がありました。

隋神門ちかくにある「山宮遥拝所」と「 陰陽石」

社伝によると、垂仁天皇八年(前22)正月に神山の麓に創建とあり、これが現在の当社摂社である「山宮神社」であり、
当社創建の地とされています。現在の当社鎮座地から東南に2km程の地で、蜂城山の近く神山と呼ばれる山の麓に鎮座して
います。山宮神社付近を地図で見てみると、すぐ近くには蜂城山の山城があります。また、古くには甲府盆地の東部、御坂山系
より流れ出た京戸川は蜂城山ふもとを抜けた所で、多くの土砂を堆積させ、典型的な扇状地を形成し、この扇状地には約15000年
前から、人々が生活を始めました。釈迦堂遺跡はこのほぼ中央から発見されました。(釈迦堂遺跡博物館へはここへ参る直前に
寄ったのでした)という事で、かなり古い時代から脈々と形を変えながら信仰されてきているように感じましたね。笛吹のこの
神社は里宮というわけですが、この創建された山宮神社へいつか参ろうと思います。

浅間神社(あさまじんじゃ)

・山梨県笛吹市一宮町一宮にある神社。式内社(名神大社)論社、甲斐国一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。
・全国にある浅間神社の一社。甲斐国一宮であることから「一宮浅間神社」と通称され、「一宮さん」とも呼ばれている。
・祭神:木花開耶姫命 もと山宮神社に祀られていた3柱のうちの1柱で、木花開耶姫命のみ遷座したという。
・社伝では垂仁天皇8年正月(約2千年前)に神山の麓(現 摂社山宮神社)で創建され、貞観7年(865年)旧暦12月9日現在地に
遷座したという。一帯は古代甲斐国の中心地で、付近には甲斐国分寺跡・甲斐国分尼寺跡が残っている。
・『延喜式神名帳』で名神大社に列格する「甲斐国八代郡 浅間神社」の論社の一社である。また、平安時代末期より甲斐国一宮と
されたとしている。ただし、当社の鎮座地は旧山梨郡であることや、他に甲斐国一宮を称する神社もあることから、名神大社
および甲斐国一宮は当社ではないとする説もある。
・『日本三代実録』によれば、貞観6年(864年)の富士山の大噴火を受けて甲斐国でも浅間神を祀ることになり、翌貞観7年
(865年) 12月9日(旧暦)に甲斐国八代郡に浅間神社を建てて官社としたとある。
・摂社・山宮は元は神山を祭祀する神社であったと見て、甲府盆地の開発が進むとともに里宮に移り、のち浅間神(木花開耶姫命)
の神格が与えられたとする考えもある。
・当社は武田氏からの崇敬が篤く、関係文書も多く伝わっている。その頃以降、当社を一宮とする史料や当地にあった「一宮庄」
の記載のある文書も見られ、一般に甲斐一宮として崇敬された。江戸時代に入ってからも江戸幕府から所領を安堵されるなど
保護された。

・神道では神に日本酒を「御神酒(おみき)」として奉納するが、一宮浅間神社では戦後の1965年(昭和40年)から山梨県で
算出されたワインを御神酒として奉納することが行われている。by wikipedia

この神社に関しては下記の神社メモさんが深く掘り下げておられます。

https://jinjamemo.com/archives/58984702.html

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