静岡浅間神社(静岡市葵区)

2017.6.9~11 静岡・愛知方面へ出かけました。

あちこち神社にも寄ってきましたよ。最後に、帰り途中に「静岡浅間神社」へ立ち寄りました。ほぼ何も下調べせずに
立ち寄ったので、いろいろとビックリさせられました。

石鳥居

立派ですねー。

総門

「神部神社」「浅間神社」の文字が見えます。

静岡浅間神社は「神部(かんべ)神社」「浅間(あさま)神社」「大歳御祖(おおとしみおや)神社」の三社の
総称で摂社ではなく三つの社が対等にあるということだそうです。「おせんげんさん」と地元では親しまれています。

総門をくぐると・・・

楼門

神部神社・浅間神社の楼門で、文化13年(1816年)竣工。総漆塗で、彫物には「水呑の龍」「虎の子渡し」などがある。
また、二層部分に「當國總社・冨士新宮」の扁額が揚げられている。

いや~、立派な楼門です。

境内側より

楼門をくぐると、いや~、これまたスゴイ拝殿です。

拝殿手前の舞殿

文化14年起工、文政3年竣工。江戸時代後期に造営された社殿中唯一素木造り。

大拝殿

神部浅間両神社の拝殿で、文化2年起工、同11年竣工。楼閣造りで、いわゆる浅間造の代表的なもの。高さ25mあり、
殿内は132畳敷きの広さがある。天井は十間の合天井となり、その各間に狩野栄信・狩野寛信の「八方睨みの龍」
「迦陵頻伽」「天人」の天井絵を飾る。

浅間神社(冨士新宮)

主祭神:木之花咲耶姫命
御鎮座:平安時代の延喜元(901年)に醍醐天皇の勅願によって、現在の富士宮の「富士山本宮」のご分霊を勧請し、
「冨士新宮」としてお祀りされた。

神部神社(駿河国総社)

主祭神:大己貴命(大国主命の別名)
御鎮座:第十代崇神天皇の御宇(約2100年前)の鎮座と伝えられ、登呂遺跡の時代からの、この地方ではもっとも古い神社
であり、延喜式内社である。

大拝殿脇より

本殿がわずかに見えていました。

浅間神社(左)、神部神社(右)御本殿[重文]文化元年起工、同10年竣工。比翼三間社流造り。

祈祷受付所の奥が大拝殿

神部神社・浅間神社と並び三社に数えられている大歳御祖神社

他の二社とは社殿が分かれています。
主祭神:大歳御祖命
鎮座:273年~第15代応神天皇の時代

大歳御祖神社は静岡浅間神社から南へと延びる浅間通りの赤鳥居を正面にして建てられています。

昔、安部川沿いにあったという安部の市の守護神として崇められてきた歴史があり、産業繁栄の神として崇められています。

 

冨士浅間神社3社の他にも境内に4社(八千戈(やちほこ)神社、玉鉾(たまぼこ)神社、麓山(はやま)神社、
少彦名(すくなひこ)神社(工事中)の計7社がありますよ。

八千戈(やちほこ)神社

入母屋造銅瓦葺で、朱塗極彩色を施す。当神社の造営は御本社に次いで行われ、本殿中・両社本殿に次ぐ大きさである。
蟇股には二十四孝を題材とした彫刻が付けられ、立川流の円熟した技を見ることが出来る。

主祭神:八千戈命(神部神社大己貴命の荒御魂神)

本社の左側に鎮座。もと摩利支天社と称し、徳川家康公の念持仏たる摩利支天を祀る。明治の神仏分離により八千戈神社と
改められた。漆塗極彩色。蟇股の二十四孝彫刻が有名。

こちらも立派な拝殿ですね。

玉鉾(たまぼこ)神社

御祭神:羽倉東麿・岡部真渕・本居宣長・平田篤胤(国学の四大人)
御由緒:本社の北側に鎮座。社殿は伊勢神宮の御古材にて昭和51年再建された。明治9年官許を得て県内の神官により
創祀され、受験・学問の神と仰がれている。

少彦名(すくなひこ)神社は工事中だったので写真撮っていませんよ。境内奥の階段を上ります。なかなか急な階段ですよ。

賤機山(しずはたやま)の中なのですが、何処までが公園で古墳で境内か良く分かりませんね。そこが融合していて
良い感じなのですが^^

麓山(はやま)神社・拝殿

文政3年起工、天保5年竣工で三間社流造り、漆塗り極彩色を施す。
御祭神:大山祇命を主神とし、日本武尊を配祀する。
御由緒:古来、賤機山上に鎮座。「山宮」と称せられた。本社の別宮である。細部に彫刻を配し漆塗り極彩色を施す。
主神は本社浅間神社の木之花咲耶姫命の御父神にまします。
旧郷社で宮元8ヶ町(安西一丁目・八千代町・安倍町・宮ヶ崎町・御器屋区・浅間ビル区・西草深町・片羽町)の氏神であり、
さらに錦町・馬場町・通車町・屋形町・中町・富士見町の本氏神でもある。

麓山(はやま)神社・本殿

本殿脇より こちらもスゴイ本殿ですね。

お気に入りのショットです^^

賤機山(しずはたやま)古墳

6世紀頃(1500年前)の築造とされ、円墳でその規模は大きく、県下随一の家形石棺を有し、出土品の豊富華麗なことは
東海地方に類を見ない。出土した装身具・武具・祭祀遺品等多数を、浅間神社の宝物とともに境内の文化財資料館に展示
している。(昭和28年、国指定史蹟)

墳丘は賤機山の南端の斜面を利用して造られており、直径は約32メートル・高さは約7メートルの円墳で、埋葬施設として
横穴式石室を持ち内部に家形石棺が置かれている。古墳の築造時期は6世紀後半とみられている。

なるほど・・・山の斜面を利用して古墳が作られているわけですね。

「静岡」の地名は、賤機山→賤ケ丘→静岡 となったそうですよ。http://www.surugawan.net/guide/34.html

神池 奥の巨樹も立派ですね。

お祓いの待合所。子どものおもちゃがあったり、とってもアットホーム、地元に溶け込んでいる感じでしたよ。
いや~、見どころ満載の神社でした。大昔から安部の市がたち、賑わっていたのでしょうね。ブラタモリ風に地域を
分析すると、賤機山の先端(昔は半島の先端だったのだろう)に浅間神社や古墳が位置します。熱田神宮や近くある
古墳群と同じような土地柄だったのでしょうね。いや~楽しい旅行でございました(終)

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