阿伎留神社(東京都あきる野市)

2017.3 阿蘇神社の後、阿伎留(あきる)神社(東京都あきる野市)へ参拝に行きました。

神社は秋川沿いの高台に建っていました。

阿伎留神社

・創建は不詳であるが、『延喜式』神名帳に武蔵国多摩郡8座の筆頭に記載されている、同国著名の古社である。

・「あきる」は「畔切」を意味し、当地が開拓され始めた頃に祀られた神社とする説もある。

・現在の宮司家は創立以来70余代目とされ、初代神主の土師連男塩が氏神を祀ったことに始まるとも考えられている。

・天慶3年(940年)鎮守府将軍の藤原秀郷(田原藤太)が大原野明神(京春日)を勧請したことから、中世以降
 「春日大明神」と称された。また鎮座地により「松原大明神」と称し、通称は「松原さま」といわれた。

・昭和41年(1966年)9月の台風25号により、杉、檜など大木が百本以上倒れ、昼なお暗かった境内林は半減した。
by wikipedia

藤原秀郷といえば、先に参った阿蘇神社で「平将門を討った藤原秀郷が鎮魂のため社殿を修復」とありましたね。

「武蔵国多磨郡八座」(927年にまとめられた全国の神社一覧表(延喜式神名帳という)に載っている神社)
阿伎留神社、小野神社、布多天神社、大麻止乃豆乃天神社、阿豆佐味天神社、穴澤神社、虎柏神社、青渭神社の8社。

・宮司家はアメノホヒ命17世の末裔とされる武蔵国造家に連なっており、代々「阿留多伎(有竹・在竹氏)」が宮司を
務めてきたという。(1989年時点では74代)

拝殿

 

立派な拝殿です。

天満宮

占方神社

境内末社は、
3社合祭(大鳥神社・若電神社・熊野神社)
4社合祭(菅原神社・小川神社・占方神社・倭建命神社)
6社合祭(日枝神社・伊多弓神社・松尾神社・平野神社・庭津日神社・国造社)
4社合祭(稲荷神社・松原稲荷神社・白光稲荷神社・福穂稲荷神社)

とあるようですが、天満宮(菅原神社)、占方神社が真新しくなっているようです。

ところで、この「占方神社」とは???

と思ってググってみましたが、 全て「阿伎留神社」末社と出てきちゃいます。
「占いのようなことをしていくことをお手伝いくださる神社」とされているページもありました。

ところで、阿伎留神社には神符の発行に用いられた阿比留草文字(神代文字のひとつ:漢字伝来以前に古代日本で
使用されたとされる文字)系統の版木(和歌)が残されているそうです。神代文字で書かれた和歌もあるようですよ。

また「神伝鹿卜秘事記」という鹿卜(しかうら:日本古代の占法の一つ。「太占」(太兆)ともいう。鹿の肩骨を
波々迦(バラ科サクラ属落葉高木の上不見桜)で焼いて、できた裂け目で吉凶を占う法。)に関して最も古い資料が
阿伎留神社に伝わっているそうです。(どうも占方神社と関わりがありそうですね)

http://d.hatena.ne.jp/hokuto-hei/20040419/p1 こちら様に詳しく載っております。

古い形をした井戸の名残

まいまいず井戸/まいまいとは「かたつむり」のことで、螺旋状に上り下りするタイプの穴を持つ井戸

 

この神社の境内に入ったとき、何やらもの凄い鳴き声が響いていました。ん?犬か?なんだ?というギャーギャーという
鳴き声だったのですが、解りました。境内奥の高木の上にアオサギがたくさん居て、ギャーギャー鳴いていたのでした。
どうやら10羽以上居たようです。巣があるようですね。巣材を加えているアオサギも居りました。アオサギでググって
みると、
「松林などに集団繁殖地(コロニー)を形成する。主にオスが巣材を集め、メスが樹上に木の枝を組み合わせた皿状の巣を
作る。日本では4 – 5月に1回に3 – 5個の卵を産む。同じ巣を修理して何年にもわたり使用しつづける。」by wikipedia

 

地面にはアオサギの卵と思われる殻が落ちていましたよ。孵化後なら良いのですが、どうだったのでしょうね。

それにしても、なかなか恐ろしい鳴き声で、まるで鳥獣かと思っちゃいました。

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