白鬚神社(埼玉県鶴ヶ島市)

2017.3 いつも近くを通る白鬚神社(埼玉県鶴ヶ島市)を詣でてきました。

奈良時代の創建と伝えられ、武蔵国を開拓するためにこの地に居住し高麗郡をつくった高句麗人たちが築いた神社とされて

いる。高句麗人は高麗郡に26の神社を創建し、それぞれを村の鎮守として崇敬したという(高麗郡における高句麗人の創建

した神社として日高市の高麗神社が有名)。江戸時代頃までは和田、高倉、大六道(上新田)、小六道(中新田)、

太田ヶ谷、針うり、脚折の7村(現在全て鶴ヶ島市)の総鎮守として崇拝され、明治時代以降は村社として存在していた。

by wikipedia

 

・白鬚神社(しらひげじんじゃ)は、の総本社は、滋賀県高島市鵜川にある。

 

・高島の白鬚神社は、沖島を背景として琵琶湖畔に鳥居を浮かべることから、「近江の厳島」とも称される。

 

・祭神は猿田彦命 (さるたひこのみこと、猿田彦大神)

 

・国史に「比良神」と見える神名が当社を指すとされており、元々の祭神は比良山の神であるともいわれる。人格神が

 

猿田彦命とされた由来は不詳であるが、猿田彦命は水尾神社(高島市拝戸)の縁起『三尾神社本土記』にも見えること

 

から、両社の密接な関係が指摘される。

 

・社伝では、垂仁天皇(第11代)25年に倭姫命によって社殿が建てられたのが当社の創建であるという。また白鳳2年

 

(674年)には、天武天皇の勅旨により「比良明神」の号を賜ったとも伝える。

 

・後述の国史に見える神名「比良神」から、当社の元々の祭祀は比良山に対するものであったとする説がある一方で

 

白鬚信仰の多く分布する武蔵国北部や近江・筑前には渡来人が多いことから、それら渡来人が祖神を祀ったことに

 

始まるという説もある。by wikipedia

手水舎の裏側にも祠がありました。

本殿と梅

異様な木肌で、一瞬驚きました。

境内の脚折のケヤキ 樹齢900年以上

昭和7年に県指定された当時は、樹高約36メートルでしたが、昭和47年の暴雨風により枝周り3メートルの大枝が損壊し、

幹の3分の1を欠落してしまいましたが、それでも樹高は約17メートル、幹周りは約7メートルの巨木。市内で唯一の

県指定文化財の保存に力を入れています。

 

ところで、白髭神社・高麗神社に関して、とても興味深いサイトをみつけました。

いや~、素晴らしいです!! まさに古代ロマンですね!

「白ひげさん伝説」

http://www.rekitan.co.jp/styled-2/styled-25/index.html

こちら様によると(抜粋)

・埼玉県の日高市を中心として、川越市、狭山市、入間市、飯能市、鶴ヶ島市には、約30社もの白髭神社が点在している。

・埼玉の白髭神社は村社が多く、人々に慕われ、愛されてきた場所である。

・高句麗の人々の痕跡は、地名や遺跡で知ることができる。甲斐の国~巨摩郡。相模~高麗山。東京~狛江市。こうして、

分散され住まわされた人々を一箇所にまとめて作ったのが、高麗郡。

・高麗郡がおかれた場所は、いわゆる空閑地。弥生時代、古墳時代の集落の跡は発見されていない。この原野を開拓し、

田や畑を作り、窯の跡、製鉄の跡等も発見されている。集まった1799人が、短期間のうちに高度な文化的生活を送る

ようになった。それを実現するための強力な指導者が高麗若光であったと考えられる。

・日本書記には、666年(唐と新羅からの挟み撃ちに合いながら、必死で戦っている時)、高句麗からの使いが日本に

やって来たと書かれている。その中の一人に玄武若光の名前がある。そして、続日本紀によると703年、

「従五位下高麗若光に王(こきし)の姓を賜う」との記載が登場する。この段階での王の姓の授与は、既に高句麗からの

渡来人を組織し、ある土地で名をなした首長になりつつあったことを意味する。この地とは、神奈川県の大磯であったと

思われる。高麗山の下にある高来神社が、その伝承を伝えている。

・高麗神社も昔は「白髭神社」と呼ばれていた。高麗神社は、高麗若光を祀るとともに、代々直系の子孫が宮司職を継いで

おられる。「白髭神社」は、いつしか、高麗若光のイメージと重なり、本物の「白鬚」をはやした若光を祀る神社へと

変遷していったのではないだろうか。この地で言われる「白髭明神」とは、高麗若光に他なりません。

・四神の考え・・若光は玄武、すなわち、北の守り神。青龍の地が上総、大磯に朱雀、甲斐に白虎であったのではないか。

・夏至の頃の星座・・北極五星のひとつこぐま座のβ星コカブ、右側の、北斗七星、そして左斜め上には現在の北極星

こぐま座のα星ポラリスの位置関係が、高麗神社と白髭神社の分布と同じである。玄武若光は、玄武(北)の空の

不動の星となり、それを囲むように白髭神社が作られた。

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