春日神社(埼玉県越生町)

2017.2

走っていたら目に飛び込んできたので、埼玉県越生町の春日神社へ立ち寄りました。

いい天気^^

左側は線路で八高線沿いにあります。

シンプルな随神門 手作り感が良い感じです。

たくさんの御祭神が祀られているようです。

由緒

当社の創建は、延暦元年(782年)とされる。

当地内裏山の獅子岩の近くに祭祀されたを、征夷大将軍の坂上田村麻呂が、東夷征伐の際、現在地に遷し宮殿を

増築したとされ、内裏大明神と称した。

また、平将門が内裏を置いたとされ、延喜年間(901年~923年)には、平国香(将門の伯父)が修繕。松山城の城主、

上田能登守の再建を経て、元禄4年(1691年)に、現在の春日神社と改称し、越生十六郷の総鎮守と定めた。

慶安3年(1650年)には、将軍徳川家光より社領を与えられ、明治5年の社格制定の節には、越生総社に列せられた。

http://jinjajin.jp/modules/newdb/detail.php?id=3344 より

拝殿

本殿

拝殿から空間があって後方に本殿がありました。

大黒天の祠

左側に線路が見えています。

手水舎にヒヨドリくんが居ましたよ。

神楽殿

ん?中央に何か・・・?

笑顔が可愛いですねー。

平将門が内裏を置いたとされる辺りから、「平将門」がクローズアップされているのでしょうか。

 

 

春日神社(全国に約1000社)の総本社は、奈良の春日大社ですが、

奈良・平城京に遷都された710年(和銅3年)、藤原不比等が藤原氏の氏神である鹿島神(武甕槌命)を春日の御蓋山に

遷して祀り、春日神と称したのに始まるとする説もあるが、社伝では、768年(神護景雲2年)に藤原永手が鹿島の

武甕槌命、香取の経津主命と、枚岡神社に祀られていた天児屋根命・比売神を併せ、御蓋山の麓の四殿の社殿を造営したのを

もって創祀としている。ただし、近年の境内の発掘調査により、神護景雲以前よりこの地で祭祀が行われていた可能性も

出てきている。by wikipedia

との事です。鹿島神宮や香取神宮の神様が関係しているかもしれない。いずれまた調べてみようと思います。

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