大嶽山那賀都神社

大嶽山那賀都神社(だいたけさんながとじんじゃ)・子授け/子宝祈願

2013-10-08 19:45:55 | ・風に吹かれて

って、わたしが子授け/子宝祈願に行ったわけではないですよ(笑)

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道の駅まきおかで昼食後、大嶽山那賀都神社へ行ってきました。今回は、神社などが好きなメンバーたちとのキャンプでしたので、

ゆったり、ゆっくりと境内の空気・空間を感じながら楽しみました。

2012.11に行ったときの様子はこちら

駐車場にクルマを止めてから約1キロの緩やかな登りの参道を歩きます。前回よりも登りがきつかったような・・?体力落ちたかな?(笑

隋神門 12:53撮影

隋神門 15:06撮影

手洗い場に大きな鏡・・・ほっそりと写ります(笑

拝殿へ登る石段

拝殿

拝殿前のベンチに座って、ひとしきり境内の空気・空間を楽しみました。奉納された絵馬を見ると、ほとんどが「子授け」「子宝祈願」。

よく観察(笑)してみると、ほぼ一緒に来られたカップルに続き、何組かのカップルが・・・。どうやら、子宝祈願で有名になっているよう

です。(後ほど、お茶のときにご一緒したカップルに尋ねてみたら、やはりネットのブログなどで知ったとの事でした)

 

そろそろ帰ろうかと思ったら、中に宮司さんがおられるのが見えました。どうも、拝殿の中に入れるようだという事が解り、拝殿の中へ。

拝殿の中は2~3年前の御鎮座1300年を記念した御社殿改修工事が終わったばかりで、とても綺麗で、そして驚くほどの

ヒノキの香りが充満していました。いい香りでしたよ^^ 授かった子どもさんのお名前も御礼と一緒に沢山掲げられていました。

 

同行者の一人が御札を購入。祈祷していただくことになりました。みなさんもご一緒にという事で、一緒に祈祷して頂きました。

こちらの神社の宮司さんの祝詞は、天に引っ張られるような祈祷ですよと、以前聞いたことがあったのですが、確かに個性的な

祈祷で、宮司さんの声、そして太鼓の響きが体中を駆け巡り、素晴らしかったです。眠っていた身体のすみずみの細胞が目を

覚ますかのような気がしましたね。御幣(ごへい)(お祓いの棒)が頭をかすめるときも、初めての喩えようもない不思議な感覚

でした。

その後、拝殿脇のお部屋でお茶でも・・という事で掘りコタツでお茶をすすりながら宮司さんのお話を伺いました。このお部屋、

「飲食、おたのしみ等、いつでもご自由にお使いください」との旨が書かれていて、とても開かれていてフレンドリーな感じのよい

空間でした。

ご一緒にお茶をしていたカップルが、「神棚がないのですが御札はどこに置けばよいですか?」の質問に対して、方角、置き方

の説明に加えて、次のような言葉をかけられておられました。

 

この緑豊かな素晴らしい空気・空間の参道を歩かれて、身も心もその気持ちよさに洗われます。 ご自宅で御札に向かってお参り

されるときに、その事を思い出しながら祈願されてください。御札は、この神社の分身です。

 

ちょっと言葉は定かではありませんが、上記のようなニュアンスの事を仰っておられました。私的に思うに、駐車場にクルマを止めて、

緑の匂いと川のせせらぎに耳を澄ましながら、1km、20分ほどの緩やかな山道を歩いていく・・・。その空間や空気、時間の流れの

中で、都会の喧騒を離れ、身も心も本来独自の状態へと返っていく。硬直した体も精神も解けていく。そのとき、細胞の一つ一つが

活力を取り戻すかもしれない。そして、宮司さんの祝詞を聴き、太鼓の音に身体の隅々までが振動し、自身の本来あるべき姿へ戻り、

さらには生命力が増し、自然治癒力さえも増していく。いわば「心身を開く」空間・空気・体験なのかもしれませんね。それが、子授け

や病気治癒に繋がっていくのではないかと思いました。

全てはお参りに来られる人々のための神社・・・・・すばらしい宮司さん、そして空気・空間でした。感謝感謝^^

その後、本殿へ行ってみることにしました。拝殿からさらに山を登ります。砂防ダムができて洪水時に流されることはなくなった

ようですが、もろい砂岩の土壌で確かに大雨の時には大変だったのだろうなあと想像できます。この日も台風接近通過後でしたから、

川水は白く濁り水量も多かったです。

ちょっとした鎖場のような山を登ると、そこに本殿はありました。(拝殿から砂防ダム脇を通り・・ちょっと解り難いです。行かれる方は、

宮司さんに詳しく聞いてください)

大嶽山那賀都神社は、養老元年(717)に国師(司)ヶ岳天狗尾根(奥宮)から遷座されたと伝えられ、江戸時代から昭和初期にかけては、

各地に遥拝所や祭祀碑がつくられるなど広く講社が組織された大嶽山信仰の中心として栄えました。本殿は明治8年に竣工。七賢人

など無数の彫刻は、伊豆の彫刻師石田半兵衛の子、福田俊秀によるもの。生涯をこの彫刻に捧げられました。 約60年前まで、拝殿は

女人堂(下拝殿)と称し、そこから上のこの本殿は女人禁制とされていたそうです。市指定有形文化財という事でコンクリート枠ガラス張り

に守られていました。

結局、3時間ほど、この神社の空気・空間に身を置きました。せっかちな気性なので、独りだとなかなか「その場所をじっくり堪能」しない

のですが、なるほど、こういう時間の過ごし方があるんだなあと、新たな世界観が開けたのでした。感謝感謝^^

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