小室浅間神社

小室浅間神社

2016-12-08 08:26:18 | ・神社・お寺

2016.12.3 またまた浅間神社巡りをしてきました。これでほぼ廻ったかなー。

それでは、神社編。

次に、「小室浅間神社」

神社の前の川。富士山の北口浅間神社方面から流れてきているようです。勢いがありましたよ。

境内正面より。

左奥の山には、「新倉富士浅間神社」が見えました。

境内右側には神馬舎があってお馬ちゃんが居ましたよ。

9月19日には「流鏑馬祭り例祭」が行われるようです。

社伝によれば、延暦12年(793年)、征夷大将軍坂上田村麻呂が東征の際、現鎮座地より富士山を遙拝して戦勝を祈願し、

戦勝後の大同2年(807年)、神恩に感謝して社殿を造営したのに始まるという。

上吉田・下吉田・松山の三郷の総鎮守とされ、中世には武田家が祈願所として崇敬した。 明治に入り氏子地域であった

上吉田を北口本宮冨士浅間神社に割譲し、それまでの「下宮浅間神社」から現在の「小室浅間神社」に改称した。

元々「小室浅間神社」とは、富士山二合目にある山宮の名称であった。
富士吉田地域に於いて、北口本宮冨士浅間神社が富士講御師に依る対外的な信仰を集め、下吉田の小室浅間神社は

農耕信仰を中心として地元民の生活に根差した文化があった。

愛染桂

御神木かと思ったら、この桂ではなく、拝殿右側奥に御神木の桂がありました。でもこちらも立派な桂です。

こちらが御神木の桂。

立派な個性的な桂でした。ちょっと怖い感じもしますね。

御神木「大塔宮桂之古跡」

昭和44年に市指定天然記念物に指定されている。雄株で幹根の境の周囲13.30m、根本より十幹に分岐している。

樹高は28.5m枝張り東西21.9m。南北29.0m。山梨県巨木誌にも掲載されている。

南北朝時代、鎌倉で討たれた「大塔宮護良親王」の首級を雛鶴姫が持って落ち延び、この根本に葬った伝えられている。

此の御桂様に咲く、真っ赤に燃え上がる様な花は護良親王の心が天に向かい、燃え上がる如く、何か心を打たれるものがあります。

幹の真ん中には護良親王の御霊と樹木の神を祀るお社があります。

http://www.fgo.jp/~yabusame/gosinnboku.html より。

社殿を遙かに越え、広がる御神木の枝。春、四月上旬頃には綺麗な赤い花が咲きます。

しかし一週間ほどしか咲かないため、参拝者が見る事は非常に稀だそうです。

富士溶岩流の原形

昔は此の北麓周辺、各場所で見る事が出来たが、現在ではここでしか見る事が出来ない貴重な物となっているそうです。

縁結びご神木

宮司さんによると、参拝者が2015年冬、大人の目の高さに、バレーボールほどのこぶがあることに気づいた。神社はサクラが

見頃になった4月中旬、木の横に「縁結び御神木」の看板を立て、しめ縄も取り付けたそうです。境内には、神社の神木で

樹齢約600年と千年の2本のカツラの巨木があり、カツラの葉もハート形で、地元では以前から持ち帰ると御利益がある

「縁結びの神様」として知られています。

 

文化遺産「富士山」の構成資産には入っていない神社ですが、見どころ満載でしたし、とても地域に根付いている空気が漂って

いました。

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