富知神社

富士山本宮浅間大社で参拝後、「富知神社」へ向かいました。

富知神社(ふくちじんじゃ)

浅間大社が山宮(現 山宮浅間神社)から現在地に遷座して来るまで、今の富士山本宮浅間大社には富知神社が地主神として

鎮座していたとわれています。

 

社名の「富知」に関しては、富士山の山名との関わりが指摘される。そのうち「フチ」の古名は水の信仰に由来するとされ、

『富士本宮浅間社記』では、当社は元々は現在の浅間大社の社地にあったと伝えるが、同地には富士山の湧水が出る「湧玉池」があり、

同池を「湧く霊(たま)」として祭祀を行っていたと見られている。

一方、浅間神の古称「アサマ」に関しては、阿蘇山・浅間山・朝日岳等に見られるように「火山」を表す呼称と見られている。そして富士山

の噴火を鎮める必要性から、火神信仰が水神信仰を圧倒したと指摘される。

正史での富士山噴火の初見は『続日本紀』天応元年(781年)7月条であるが、それ以前は穏やかな山としての表現のみであること

から、噴火は起こっていなかったと見られている。

以上から、大同元年(806年)と伝えられる祭祀の交替は、富士山の「水の神信仰(フチ信仰)から火の神信仰(アサマ信仰)への転換」

を表す象徴的な出来事だと解されている。by wikipedia

つづく~

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