大宮氷川神社・中山神社・氷川女体神社

大宮氷川神社・他

2016-02-24 14:10:24 | ・神社・お寺

2016.2 「大宮氷川神社」に行ってきました。

二の鳥居

たくさんの人が歩いていました。神社の脇には、サッカー場、野球場、陸上競技場などがあり、そこへ向かうストリートでも

あるようです。

氷川参道

敗戦後の大宮駅前の闇市時代を経て、参道は南北に2km伸び、現在ではケヤキ並木となっています。

杉からケヤキに変わったのは戦中、戦後の資材難から伐採された事や、車の排気ガスや振動、地下水脈の低下や

歩行者による根元の踏み固めなど複数の要因が考えられます。更に古い時代には参道沿いに松の並木が描かれて

いる絵図がありますので松並木の時代もあったようです。

三の鳥居

額殿

三の鳥居をくぐり境内に入るとすぐ右側に神楽殿、額殿があります。額殿は江戸末期の頃の建物のようです。

稲荷神社

宗像神社

赤い橋を渡ると「桜門」

桜門をくぐると・・・

舞殿

神楽殿ですね。

舞殿、拝殿の辺りはとても広々としています。

拝殿

参拝者は途切れません。

大宮氷川神社

東京都・埼玉県近辺に約200社ある氷川神社の総本社。

神社の境内は見沼(江戸時代中期まで存在した広大な沼)の畔に立ち、もとは見沼の水神を祀っていたと考えられている。

現在の神池は、見沼の名残である。埼玉県・東京都の荒川流域、特に旧武蔵国足立郡を中心にして氷川信仰に基づく

氷川神社が多数分布する。by wikipedia

本殿と神輿舎

力石

門客人神社と御嶽神社

 

大宮氷川神社は、富士山と筑波山を結んだ線と、浅間山と冬至の日の出を結んだ線の交差地点に位置する。

また、大宮の氷川神社・中川の中氷川神社(現 中山神社)・三室の氷川女体神社が浅間山と冬至の日の出の線上に一直線に

並ぶことから、この三社が男体社・女体社・簸王子社として一体の氷川神社を形成していたという説がある。by wikipedia

 

というわけで、 続いて「中山神社」へ

中山神社

中山神社は以前にも訪れています。詳細リンク

さらに「氷川女体神社」へ

氷川女体神社

こちらも以前訪れています。詳細リンク

というわけで氷川神社三社巡りでした^^

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